政府は今年度、八ッ場ダム本体工事に着手するとしています。ダムサイト予定地の吾妻渓谷では、本体準備工事が進められています。
名勝・吾妻渓谷は国民すべての宝です。吾妻渓谷は急峻な地形のため、植林が行われず、渓谷両岸には貴重な自然林が広がっています。新緑や紅葉のシーズンには、自然の織りなす美しい景観が訪れる人々を魅了してきました。
国はダム建設によって沈むのは渓谷の上流部1/4だけで、下流部は保全されると説明しています。けれども、ダムに沈む渓谷上流部には八ッ場大橋、滝見橋、白糸の滝などがあり、吾妻渓谷の中でも最も観光客に親しまれてきた景勝地です。ダムに沈まない渓谷下流部も、ダムで洪水が貯留されることによって岩肌をコケや草木が覆うようになり、渓谷美は大きく損なわれるでしょう。
八ッ場ダム予定地の上流には、多くの観光地、牧場、農地があり、ダム湖の水質は既存のダムよりはるかに悪くなると予想されています。観光シーズンの夏場は洪水調節により水位を30メートル近くも下げるのですから、ダム湖観光の実現性も危ぶまれます。
一方、八ッ場ダムの水没予定地は、山懐に抱かれた日本の原風景ともいえる美しい土地です。国の天然記念物、川原湯岩脈があるだけでなく、丸岩、堂岩山などの奇勝絶景にも恵まれています。
ここには縄文遺跡、天明浅間災害遺跡など数多くの文化遺産があります。浅間山噴火の災害から長い歳月をかけて復興を遂げた水没予定地は、東日本大震災を経験した私たちに多くのことを語りかけてくれます。自然と歴史の空間ミュージアムとして蘇らせる条件を兼ね備えたこの土地も、ダムに沈めば永遠に失われます。
八ッ場ダム事業は治水(利根川の洪水調節)と利水(都市用水の供給)を主目的とした多目的事業ですが、これらの目的はいずれも目的の名に値しません。
八ッ場ダムの「治水効果」には科学的根拠がなく、首都圏の水余りが年々顕著となっていることから「利水」の必要性も失われています。
負の遺産となることが明らかな八ッ場ダムを建設するために、かけがえのない自然環境と文化遺産を破壊してしまっては、将来の世代に顔向けできません。
私たちは、八ッ場ダムの本体工事という蛮行を中止するよう、国に求めます。